静かなる備忘。

レビューと言いつつ映画の感想と触発されて考えたことをだらだら書いています。むしろ後者がメインになりつつある。

新作映画レビュー032: 『ディストラクション・ベイビーズ』に見た「絶対と相対」


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『ディストラクション・ベイビーズ』

出演:柳楽優弥菅田将暉小松菜奈村上虹郎池松壮亮北村匠海、岩瀬亮、吉村界人、三浦誠己、でんでん
 
 
情報解禁時から楽しみにしていた一本。柳楽×菅田(×池松)が新鋭監督の下でタッグを組むなんて夢のある話だ。(流れで今度の菅田×池松の『セトウツミ』もとっても期待している)
 
あらすじ。愛媛の港町に住む兄泰良(柳楽優弥)と弟将太(村上虹郎)。ケンカばかりしている兄は或る日港町から姿を消し、松山の中心街で強そうな相手に野獣の如くケンカをふっかけるようになる。その強さに惹かれた裕也(菅田将暉)は彼と行動を共にする―。
 
僕は生まれてこの方人をグーで殴ったこともなければグーで殴られたこともありません。僕は今までずっと東京なのでこういう言い方をしますけど、今の時代東京に生まれて東京に育ったらそんな機会はそんなにないと思います。暴力は良くないことだと当たり前のように教えられてきましたし、幸いなことにそれを行使せざるを得ない状況に立たされたことも、そうしたいと思うような他者が目の前に現れたこともなかった。
 
そんなわけなので机上の空論ではありますが、暴力は振るった相手とのコミュニケーションを断ち切ることとほぼ同義であると思います。一度行使すればやるかやられるかの切迫した応酬にならざるを得ない。そのことを理解した上で体現するかの如くとにかく口を開かない泰良。それに対して暴力性と比例するように口数が多くなり、声が大きくなる裕也。不思議と泰良に不快感は抱かないが、裕也はこんな不快なやついるかよってぐらいのレベルで醜い。
 

放談主義 ~映画と音楽のブログ~ のけんすさんとたまたま同じ回を観ていて、その後だべっていた時の内容を僕なりの言葉でまとめると、それは「『絶対』の高潔さと『相対』のみっともなさ」というところに集約されるのかもしれないと思った。何かを自分がやりたいからひたすらやってるのと周囲をちらちら見て評価を気にしながらやるのだったら前者の方がかっこいいと思うわけです。この映画ではそれが暴力という、それ自体反社会的であってはならないとされていることなわけですけど、絶対主義を貫き通せばやることは何であれそれが高潔なものに見えてくるっていうか。

 

暴力は恐ろしいものですし、実生活ではふるいたくないし、見たくもない。それをフィクションという形でスクリーンで見せてくれる。暴力というものを容認するようになるわけではありません。しかしそれすら高潔に見えるようになっちゃう。実生活で忌避すべきものが高潔に見えるってフィクションでしか為しえないことなんじゃないですかって思いました。


真利子監督の商業映画初挑戦作品ということで、そこはかとないインディーのざらざらした感じ(特に冒頭のショットの連なり)がこれからのキャリアへの期待を抱かせてくれます。柳楽くんも今ドラマもやってて今後露出が増えてくると思うので楽しみですね。菅田くんも女性大勢ファンもついてる中でここまでダーティーな役を思いっきりやれるという…本当に今回の役とは真逆の、役者としての絶対性みたいなものを感じます。小松菜奈村上虹郎池松壮亮、(あと僕正直どこに出てるかわかんなかったんですけど)吉村界人などこれからこの作品の面々が日本映画の柱になってくかもしれないですね。

 


PS)話を聞く限り、2回ご覧になった上で演出や脚本など鋭く分析されてるので、上リンクの放談主義の本作の記事は是非読んでみて欲しいです。 


追記:上リンクの放談主義内で本作の記事が1回目と2回目の感想それぞれアップされました。観た方必読レベル。もっと演出やセリフから映画を読み取れるようになりた〜い。

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