読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

静かなる備忘。

レビューと言いつつ映画の感想と触発されて考えたことをだらだら書いています。むしろ後者がメインになりつつある。

新作映画レビュー034: 『ヒメアノ~ル』と(改めて)僕が映画を観る理由

f:id:gadguard-twitter:20160601132500p:image

『ヒメアノ~ル』

監督:吉田恵輔

出演:森田剛ムロツヨシ佐津川愛美、駒木根隆介、山田真歩大竹まこと濱田岳



あらすじ。カフェ店員に一目惚れしたバイトの先輩がめんどくさい岡田くんは、連れてこられたそのカフェで高校の同級生森田正一に再会する。その出会いを境に岡田の日常に狂気がもたらされる。



しばらく森田剛の話。


僕が小学生の頃はV6のテレビ番組「学校へ行こう!」全盛の時代だったというのもあって、V6はとても馴染み深い存在でした。森田剛に関しては、人気だったB-RAPハイスクールというコーナーでパフォーマーを別室から見ててパイプ椅子から立ち上がって手を叩いて大口開けて笑う姿とか、6人で修学旅行をする企画で日本酒をとっくりから直接飲みだして泥酔した挙句(多分京都だったんでしょうけど)広間の6人の布団の上で「やべえ鹿が乗り移った(?)」と言いながら走り出したり、まあそんなヤンチャなチャラ男ぐらいのイメージしかなかったです。でも僕は今で言う推しメンというか、何となく彼が一番好きでした。


学校へ行こう!」の放送が終了した2005年、「荒神〜AraJinn〜」で初めて座長を務め、その後11年間で7本の舞台に主演しキャリアを積み上げてきた森田剛。この時期はV6がテレビやメディアから姿を消したいた時期と一致しますが、2015年は結成20周年ということで24時間テレビのパーソナリティをやったり、再び6人での露出が増えて「ああまだ元気で仲良くやってるんだな」と嬉しくなりました。


そんな中1人だけ明らかに様子がおかしかった男が森田剛でした。なんか髭生やしてるし、全然喋らないし、あんま笑わないし。当時の僕の中のイメージとかけ離れていて、非常に驚いた。けど今考えればこの変化は明らかに主に舞台で役者として自分と向き合ってきた結果だったんだろうなと本作『ヒメアノ〜ル』やそれについてのインタビュー、テレビ番組を見て痛感しました。とにかく自分の中に深く潜り込んでいるという印象。未来のことなど考えず、ひたすら今の自分と格闘している。そういう意味で今回の役との親和性が高いのは言うまでもなく、佇まいや眼差し一発で納得させる力がある。生き方でもって役を語っている感じがしました。


余談だけど、森田と対照的に映画やドラマで一躍スターダムにのし上がった岡田准一は、12年の時を経て森田剛とは逆にめっちゃくちゃ喋るようになってましたね。当時は割と無口で控えめな印象だったんですが。別良し悪しとかは全くないけど、V6の役者としての陰と陽みたいに言えるかもしれないすね。


映画としては前半が若干不穏な匂いをさせつつのラブコメパート、後半が森田剛もとい森田くん面目躍如のサイコスリラーパートに分かれているけど、前半部の濱田岳ムロツヨシのやりとりは良い意味で漫才みたいで面白かった。濱田岳の「会話の中でどもりつつ薄いリアクションをとるあれ」は最早名人芸。ムロツヨシは長台詞を抑揚なく瞬きせずに早口で言い切ってたり、とても気持ち悪い存在感を放っていましたり


そして後半部、まず観た人のほとんどが言及していることですけど、ここのスイッチングの演出がマジハンパない(←頭悪い)。誰が見てもモードが切り替わったことがわかる。しかも映画的な演出で。「きたきたきたきた!!」とワクワクしたし、あまりにキマりすぎていて変な笑いが出た。吉田恵輔監督はインタビューで「前からあったアイデアでラブコメの『失恋後』と『その後』でやろうと思ったけどできなくて今作で使った」というようなことを言ってたけど、今回で使ってよかったですね…と言いたい。続く演出にも「ここからはこいつのターンだから」と言う意思が感じられた。素晴らしい。 


敢えて文句言うなら(特に前半部は)劇伴(音楽)がうるさい。監督は後半は音を減らして対比にしてると言ってたけどそれでも気になった。後半すらもうちょっと抑えていいのではと思った。


僕がこの作品で何より嬉しいのは、この内容のものがシネコンでかかっているということ。加えてまあ日活配給だしそんなに大きな規模ではやらないのかなと思っていただけに。理解不能なもの、感情移入し得ないものに触れ、そういう存在に自分と重なる部分、理解できる部分を見出す豊かさって、僕は映画の魅力の一つだと思っています。ニュースで殺人犯の顔とかを見て「怖い、気持ち悪い、意味わからない」などの一言で済ます人が僕は嫌いです。肯定や許容をしろと言ってる訳じゃありません。まず知ろうとしろよって。


理解不能な存在が怖い、というのは僕は死に対して恐怖を感じるメカニズムと同じなのではないかと思っています。死は生きている存在に絶対に窺い知ることができないものだからです。ただ、理解不能な人は生きて息をしていますから、知ることはできます。理解や同情、肯定、許容ができなくても、知った上で考えることはできる。


また、僕は「知らないものはないものと同じ」だと思っています。僕らに普段顔を出さない月の裏側がどうなっていようが、何らかの形で感知しない限り僕らには関係ありません。僕がトムクルーズと街中ですれ違ったとしても、その場で気付いたりその後にツイッターとかで僕がトムと同じ場にいたことを知らなければ、僕にとってはすれ違っていないのと同じです。


だからせめて「まず知ろうとしろよ」って思うんです。理解不能なものの行動やバックボーンやを知ることで、そういう人にもそうなった理由があるということは、知ってしまった人にとってそれは無視できない事実になる。世の中意味わかんないことだらけだけど、せめて同じ人間のことぐらいは、せめて知ろうとしてくれって思います。


こんな駄文をここまで読んでくれる人には既に言うまでもないのでしょうけど、要するに「意味わかんないこと」を「意味わかんない」で済ますのはやめましょうよということでなわけで。森田剛演じる森田くんには「意味わかんない」けど「意味わかんない」で済ますことのできない凄みがある。


以上のことは僕が多くの人に『ヒメアノ〜ル』を観て欲しい理由であり、僕が映画を観る理由でもあります。


この内容のものがこの規模でかかってるのは一重に森田剛が主役を務めたからだと思います。ジャニタレなら集客が見込めるのだから当然です。多分失うもののない無名の役者ならやらせるのは簡単ですが、それではミニシアターでかかればいい方、ぐらいのものでしょう。加えてちょっとどうかと思うレベルで好演してくれている。多くの人にこの理解不能さを感じてもらいたいです。「わかる」「それな」で甘んじてる人、脳天に包丁が突き刺さるような体験をして欲しい。


森田剛をはじめキャストの皆さん、キャスティングをした監督、プロデューサー、日活配給部の皆さん、かけてる映画館の人に感謝しかないです。