読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

静かなる備忘。

レビューと言いつつ映画の感想と触発されて考えたことをだらだら書いています。むしろ後者がメインになりつつある。

新作映画レビュー052: 『何者』を観た就活上がりのSNS中毒者/ネタバレ無(前編)

f:id:gadguard-twitter:20161024113240j:image

脚本・監督:三浦大輔

出演:佐藤健菅田将暉有村架純二階堂ふみ岡田将生山田孝之

 

 

この映画は個人的な琴線に触れまくっているのでまともな感想にはなっておりません。ちゃんとした感想は日を改めてネタバレ有で別に書きます。

 

初めて予告を目にした時から「これは絶対良いでしょ……てか良くなくても俺が観なきゃじゃん……」という謎の義務感に駆られた。なぜなら僕は就活を終えた直後の大学生で、Twitter中毒者で、映画が好きだからだ。

 

予告の「青春が終わる。人生が始まる。」というフレーズも、なんだか同じようなことをぼんやり自覚していただけに妙に刺さるものがあった。つまり、青春なんて呼べるほどキラキラしたものではなかったけど、人生で一度の学生時代が終わろうとしていて、これから親の庇護を離れていくにつれ、本当の自分の人生が始まるんだなあという漠然とした実感がうっすらあったということなのだろう。

 

就職が決まって得たのはとりあえずの安心感だけだった。嬉しくはなかった。不本意な会社に入る訳ではない。第一志望の業界ではないにしても、今の会社にした理由を挙げろと言われれば本心で10個ぐらい挙げられる。だけど嬉しくはない。

 

何故かと言われれば、一重に僕の人生が大方確定してしまったことへの落胆が大きい。若いのに悲観的すぎると思われるかもしれないが、最早、少なくとも「何者にもなれる」時期は終わってしまったという切なさに似た感情の方が大きかった。大体決まっちゃったなっていう。だからこそ有村架純演じる彼女の「私たちはもうそういうとこまで来ちゃったんだよ」というセリフは強烈に響いた。彼女の境遇なんかも考えるとやり切れない。宇多丸が評論で「青春とは可能性が開かれていること」と言っていたけど、それも身を以て実感している最中ということかもしれない。

 

SNSの話。何の自慢にもならないが、Twitterは2009年5月25日からやってるから7年半経っているから、青春(と便宜上言っておく)時代の大半をTwitterと共に過ごしているということになる。僕の場合、Twitterは基本他人に言いづらいことを言ったり、共有できる人が少ない趣味の話をするため匿名で利用している。

 

だから実生活であったことを、140文字以内にまとめてアウトプットすることで、物事を客観視できてるつもりになっちゃう。いや実際してない人よりはできてるのかもしれないけど、それで何かがわかってるからといって現実にフィードバックされて良い結果に繋がる訳ではない。わかってることと実際にできることとは違うし、少なくとも「就職活動における自己分析」とそれは全く違う。僕は「就職活動における自己分析」も全くできてなかったですけどね。

 

 で、やっと大学入ってから(完全に人付き合いのために)実名でSNSを始めた。そうすると投稿の大半を占めるのが食べ物、人間、動物の画像とそのキラキラした説明(ついでに変なハッシュタグが大量についてる)。そういうのは興味がなきゃすっ飛ばすだけだし良いと思えばいいねなりするだけなんだけど、中でも正直鼻に付くのは努力自慢、人脈自慢。すかさずミュート(Instagramさんも早くミュート機能お願いします)。僕は無茶苦茶ダサいと思ってるし、何より日々何も努力してない自分が嫌になるので速攻ミュート。

 

ただこの映画はそっち側の人たちのことも描いてて、それは僕が1番嫌いな人種のはずなのに、その人たちのシーンが1番キツかった。「やめてくれよ、そんな言い方されたらもう嫌いでいられないじゃんか」という気持ちになった。最強に傲慢な言い方をさせてもらうなら、ちょっと寛容になれた。まあミュートは解除しないけどね。

 

今から2回目を観てくるので取り急ぎ、この映画にざわつかされた自分の気持ちを書きなぐってみました。

 

ネタバレ有りの後編に続く。

http://qml.hatenablog.com/entry/2016/11/06/162959