静かなる備忘。

レビューと言いつつ映画の感想と触発されて考えたことをだらだら書いています。むしろ後者がメインになりつつある。

新作映画101&102:『あゝ、荒野 前篇・後篇』

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監督:岸善幸

出演:菅田将暉、ヤン・イクチュン、ユースケ・サンタマリア、木下あかり、山田裕貴高橋和也木村多江今野杏南、河井青葉、モロ師岡、でんでん 他

 

あゝ、荒野です。前後篇まとめて。元々劇場公開前からU-NEXTで配信してた関係なのか前篇の公開から1ヶ月経たずに早くもソフト化及びレンタル開始してるので是非観て欲しい。主演の菅田将暉、ヤン・イクチュンを始め上に挙げた役者たちがとにかく皆素晴らしい。ファイトシーンは圧巻。まあ通しで5時間近くあるので家で観るのはしんどいかもですがオススメです。

 

※展開のネタバレなどはしませんが、多少内容に触れます※

 

2021年。上下スウェットに近い格好をした新次(菅田将暉)がラーメン屋に入ってきてラーメンを注文する。傍らのサラリーマンの前にはトッピング全部乗せのそれが出され、手をつけようとする。虚ろな目でそれを凝視する新次。すると、爆発音。サラリーマンを始め店内の人々は外の様子を見に行く。新次も一応ダラダラそれに続く。隣、その隣の軒先で爆発が続く。新次は興味なさげに店内に戻ると、サラリーマンの頼んだ全部乗せラーメンに食らいつく。あゝ、荒野 前篇。

 

なんだこのアバンタイトルは。俺はボクシング映画を観に来たはずだろう。ん、2021年。そうか、これは近未来映画なんだ。日本国内でも爆発事件、もしくはテロが起きるような時勢になってしまってるってことなのか。しかしこの菅田将暉は気にも留めない素振りを見せている。そんなことは関係なく、目の前の欲求(ラーメン)に忠実な男だ。このアバンタイトルはなんだろう。何を意味しているんだろう。そんな興味で頭がいっぱいになった。

 

この映画が描いてる2021年は、(少なくとも僕が見るに)ディストピア奨学金を抱えた学生は老人介護か自衛隊の海外支援(とゆー名目の何か)に駆り出される。国内でテロが起こっている。東日本大震災で被災した子どもが大人になって荒んだ日々を送っている。自殺者が増加している。

 

そんな時代に生きる二人の男が運命的にボクシングに出会う。きっかけは方や復讐のため、方や住む家のため。基本的にこの二人は今の目の前と過去しか見てない。未来を見ようとしない。できない。とにかく過去を清算するために今を生きる。ボクシングという手段を用いて。閉塞的な時代設定が効いている。

 

前篇で目立ったのが新次と健二(ヤン・イクチュン)のボクシングパートとは別に進むもう一つのストーリー、自殺研究会のパート。街行く人に自殺したと思ったことがあるかどうかを聞いてその理由を尋ねたりするアレな集団。

 

ここは言ってしまえばこの映画の世界に蔓延する問題を説明するようなパートになっちゃってると思う。一応こっちにも前篇でクライマックスのようなものがあるんだけど、うん。前篇の時点ではこれが後篇にどう活かされるのか判断保留的な感じだったけど、後篇まで観ても有意義なパートだとは思えなかったしなんならこれで尺削れただろとすら思った。

 

ただ自殺志願者やそれを追う人たちを描写する意味が全くないとは思わない。なぜなら社会のビョーキに相対的にやられていく有象無象に対して、ただ戦いたいから戦う新宿新次(新次のリングネーム。前後篇通して一番笑ったのはユースケがこれを命名するシーンかも)の絶対性が際立ってくるから。

 

僕はこのことを端的に示しているのが前述のオープニングのシーンだと思ってる。最上級の社会問題と言って良いテロが起こす爆発より目の前の欲を優先する新次の絶対性のこと。命の危機から逃れることより生きるため(=戦うため)の食事を優先する獣のような男。中と外、相対と絶対、有象無象と唯一無二、逃げることと戦うこと、様々な二律背反がせめぎあう素晴らしい掴みだったと今では思う。

 

(ちなみに食べ物を使った演出だと前篇である人物がお弁当を一人で食べながらツーッと涙を流すシーンもとてもよかった。食べ方もいいんだよね。)

 

あとさ、この映画はボクサーの試合前のストイックな禁欲もちゃんと描写するのね。食事制限及び減量は勿論、足にくるからセックスも禁止。新次は普段は欲に突き動かされて生きてるようなヤツで、それは冒頭シーンとか、行きすがりの女とそれこそ獣のようにヤリまくるシーンでわかる。それを試合で全部解放するって理由から来るギラギラした感じにも説得力がある。

 

そして、ヤン・イクチュン演じるバリカン健二はそんな新次に憧れた有象無象の一人。虐待のトラウマから拳闘にも及び腰だったけど、ある理由から新次と戦うことを望み始め、力をつけていく。

 

この二人が戦う事になるのはまあわかっていたとしてもアガるし固唾を飲んで見守らざるを得ない。んだけど、惜しいのは二人が戦うその理由がなんとも弱いこと。ただやっぱりあまりに圧巻のファイトすぎてそんなことすらどうでもよくなってくる。なんならそれまで悲喜交々あったこの戦いを見守る二人の周囲の人物もどーでもよくなってくる。正直この対決は『クリード チャンプを継ぐ男』と比べても比肩するレベルだと思った。

 

後から考えれば言いたいこともある映画なんだけど、とにかく観た直後は座席からちょっと立ち上がれないぐらい食らった。それこそクリードぶりぐらいかもしれない。

 

渋谷シネパレスで後篇観て、すぐにiTunesBRAHMANの歌う主題歌を買って、渋谷から引き寄せられるように歌舞伎町の方に向かって歩いた。歩きたくなった。

 

新宿新次とバリカン健二のことは忘れられない。暗い近未来を生き、戦った二人の男を。