静かなる備忘。

レビューと言いつつ映画の感想と触発されて考えたことをだらだら書いています。むしろ後者がメインになりつつある。

旧作: 現代でも余裕で通じる黒澤明『椿三十郎』の良さ6つ。

椿三十郎

監督:黒澤明

脚本:黒澤明菊島隆三小国英雄

出演:三船敏郎仲代達矢入江たか子加山雄三田中邦衛

 

 

どうも。先日作業の傍ら『椿三十郎』をテレビに流してたんですけど、やっぱ面白くて作業ほっぽって観てて、文章でなんとかして魅力を伝えたくなったので、書きます。

 

そもそも僕が何故この作品を観ようと思ったかと言うと、まあ一言で言うと見栄です。「映画好きとか言って黒澤明の一本も観てないとか言ったら笑われそうだな。なんか名前知ってるしこれにするか。『七人の侍』と『生きる』は長いから今度な。」ぐらいの感じで最早渋々手にとっただけでした。オタクっていうのは自分で勝手にやってる趣味に対して義務感を感じる生き物なんですよ。めんどくさいですね。

(ちなみに僕がこの作品の名を知ってたのは多分世間では叩かれがちな織田裕二版のリメイクのおかげだと思う。感謝しなければ。)

 

特に僕の世代だと時代劇ってやっぱ「水戸黄門」とか「暴れん坊将軍」のイメージなんじゃないかなと。僕も例に漏れずそうで「なんか堅い感じの勧善懲悪で主役らが無双する」的な。いや、両方ちゃんと見たことないので申し訳ないんですけど、要はつまんなそうだった。まして1962年の白黒作品ですから、そのクラシックな方なわけじゃないですか。もう悪の親玉ですよ。

 

そんな最低の期待値で観た本作は目玉が出るかと思うぐらい面白くて、ツタヤで1週間レンタルしたその週に3回観た作品は今の所これぐらいです。良さを一つずつ挙げていきましょう。順不同で。

(今回の記事では本作の前作にあたる『用心棒』をしょっちゅう引き合いに出しますが、貶す意図とかはないです。椿が先でも一切問題ないので、ハマったら遡るのもあり。)

 

黒澤明×三船敏郎史上最高の三船敏郎

三船敏郎黒澤明の監督作に初参加したのは監督7作目の『酔いどれ天使』(1948)で、二人は17年間を通して16作(しかも全部主演)でタッグを組んできました。黒澤は生涯で30本映画を撮ってるので実に半分以上が三船の作品ということになります。黒澤は時代劇から現代劇まで、ジャンルも様々に、三船を試すかのように幅広い役柄を与えていました。その中でも僕は本作の三船が一番好きなんです。なんかもうギラッギラしてるんですよ。全体的に。

本作で三船敏郎が演じる主人公は流れ者の浪人・椿三十郎。9人の若侍たちの藩の内ゲバに関する密談の現場にたまたま居合わせてアドバイスをした挙句、若侍たちの頼り無さを見かねて「お前たちのやることは見ちゃいられねえ」と一緒に城下へ乗り込むナイスガイです。

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↑冒頭の三十郎と9人侍。手前と奥の構図がいい。

そう、本作は知らない人が思うように椿三十郎が一人で無双するだけの作品ではありません。どっちかと言うとそれは『用心棒』の方で、今作では血気盛んで愚直な九人の若侍をぶっきらぼうにたしなめながら、常にどっしり構え冷静な指示を与える策士な面の方がむしろ強いのです。かと思えば自ら敵地に潜入して30秒で40人叩き切るという見せ場もしっかりあります。ここの三船の殺陣は超人的です。

書いてみて思ったんですけど、三十郎は理想の上司かもしれませんね。情に厚いのとビジネスライクさが7:3ぐらいの割合でちょうど良いし、部下に任せっきりじゃない上で部下のがトチった時の尻拭いはちゃんとやるし。

三船敏郎の佇まいは素晴らしく演技のリアリティ細かい所作など粗野なキャラクターなはずがとても美しく見えました。」というのは以前紹介した放談主義のけんす。さんの言ですが、全くその通りだと思います。

本作は『用心棒』のその後の話であり、制作も立て続けだったので、三船も長い時間同じ三十郎の役に没入することができたというのもあるのでしょう。

 

②軽快な娯楽作である点

ここも前述の時代劇のイメージから外れるところです。勿論若侍達や三十郎は命がけで戦っているのですが、あまり重さや暗さはありません。同じ場面を繰り返する所謂「天丼ギャグ」のようなシーンがあったり、なんと言っても(ネタバレしたくないので言いませんけど)3回ほどしか登場しないのに出るたびに笑えて観た人に絶大なインパクトを残すあのキャラクターなど、笑えるシーンが多いことが黒澤の監督作の中でも特徴的なところです。

実は三十郎がある人物に出会うことで人を殺すことに葛藤を抱えるような描写もあったりもするのですが、そこの描写はあっさり目で、あまり本筋には絡んできません。ウジウジ要素は匂わせる程度でいいんだよ。その部分は次に挙げる良さにも活きてます。

 

③96分と観やすい尺

三十郎の葛藤を表す心情描写など入れたら、下手すると2時間超えてたかもわかりません。個人的に映画、特にこういう娯楽作は絶対的に100分切っていて欲しいので、ここはかなり大きいポイントです。個人的に(特に自宅鑑賞となると)実際集中力って90分ぐらいしか持たないような気がするんですよね。だから100分ぐらいでパッと観てカラッと面白い方が絶対良いと思ってます。

 

④難しいところがない

僕は映画を観てると人物の顔と名前を結びつけてその関係を整理するのに精一杯なことも多いんです。まあそこは単純に地頭のアレさと映画経験値の低さに起因するんですが、まあ本作は特にそういうのもなく。
冒頭、若侍のリーダー(加山雄三)が皆への報告という形でバーっと状況説明するところに少し藩の役職だったりの用語が出てきて僕は最初わけわかめだったんですが、「藩を二分する内ゲバで悪い側につこうとしてたとこを三十郎にたしなめられ、悪い側に捕らわれた良い側の頭を救出に行く」ということだけわかってれば全然OKです。

 

あと、個人的に本作と前作『用心棒』の絶対的な差は②〜④の点にあると思っています。『用心棒』は笑えるシーンがないことはないのですが、基本的に三十郎は単独行動だし、話の雰囲気が全体的にドライで緊張感があります。宿場街の二大(ヤクザ的な)派閥を三十郎が行ったり来たりして両方潰す話なので「こいつはどっちの誰だっけ??」となったりも僕はしました。尺も110分と少し長め。

 

⑤黒澤名物「輪になってガハハと笑う男達」

いや、名物って勝手に僕が言ってるだけなんですけど、なんか黒澤作品のこの描写好きなんですよ。『姿三四郎』『虎の尾を踏む男達』『七人の侍』『デルス・ウザーラ』とかにもありますけど、男達が輪になってガハハと笑うシーンに多幸感を覚えてしまう。近々だと渡辺大知監督の『モーターズ』とか、男同士がわちゃわちゃしてる、所謂ホモソーシャル的なものを描いた作品が好きなのはこれが原因かも。
あと細かいとこなんでここに書いちゃいますけど、三十郎と九人の侍の顔を「あるもの越し」に同時に一画面に収めるすごいカットがあるので、そこも注目して欲しいです。
 

⑥小粋な台詞回しを盛り込んだ脚本

例えば「ここのところ水しか飲んでなくてな」→「ここんとこすっかり水っ腹でな」とか、現代劇では絶対に味わえない小粋な言い回しが楽しめるのも本作の楽しみであり、三十郎の魅力の部分にも繋がってきます。他にもいっぱいあるのでぜひ観て発見して頂きたい。
 
脚本と言えば、実は本作には山本周五郎の「日日平安」という原作があります。
余談なので読み飛ばしてもらっても結構なのですが、橋本忍という『羅生門』『生きる』『七人の侍』など黒澤の有名作に多数参加してる名脚本家がいます。昨年大根仁監督が『バクマン。』の時にブログで、「複眼の映像 私と黒澤明」から橋本が原作モノの脚本を書くときの興味深い話を紹介していたので引用します。
 
名文多々。
橋本忍と、師である伊丹万作との【原作物を脚本化する】ことについての会話。(ちなみに今から66年前、1941年の会話である)
伊丹「原作物に手をつける場合には、どんな心構えが必要と思うかね」
瞬間だが私は正座のまま両腕を組んだ。
橋本「・・・牛が一頭いるんです」
伊丹「牛・・・?」
橋本「柵のしてある牧場みたいな所だから、逃げ出せないんです」
伊丹さんは妙な顔をして私を見ていた。
橋本「私はこれを毎日見に行く。雨の日も風の日も・・・あとこちと場所を変え、牛を見るんです。それで急所がわかると、柵を開けて中へ入り、鈍器のようなもので一撃で殺してしまうんです」
伊丹「・・・・・」
橋本「もし、殺し損ねると牛が暴れだして手がつけられなくなる。一撃で殺さないといけないんです。そして鋭利な刃物で頚動脈を切り、流れ出す血をバケツに受け、それを持って帰り、仕事をするんです。原作の姿や形はどうでもいい、欲しいのは血だけなんです」
この一文だけでも読む価値があった。

 

全文はコチラから。『用心棒』がヒットしたのでその続編の要請を受けて、別の人の監督用に黒澤が執筆してお蔵入りしてた脚本を3人でリテイクしたのが本作の脚本です。なぜお蔵入りしてたかと言うと、気弱で腕がない浪人が主人公の「日日平安」の映画化を東宝が却下したからだそうです。黒澤にもこの橋本哲学があったのかもしれません(強引)。

 

 

ほんとは三十郎にちなんで好きなところ30個挙げたかったんですけどさすがに無理でした。長くなってしまった。ちなみに僕はこれのあとに『生きる』と『七人の侍』を観て黒澤の作品全部マラソンしました。それだけインパクトがデカかったということです。最初の三本が良すぎただけで別にやらなくてよかった。まあいいや。『静かなる決闘』とか『夢』『天国と地獄』が好きです。『椿三十郎』は定額見放題制サービスで観られるところが多分ないのがネックなんですが、ツタヤ行って迷ったら是非手に取ってみてください。