静かなる備忘。

レビューと言いつつ映画の感想と触発されて考えたことをだらだら書いています。むしろ後者がメインになりつつある。

新作映画086: 『パワーレンジャー』

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監督:ディーン・イズラライト

出演:デイカー・モンゴメリー、ナオミ・スコット、RJ・サイラー、ベッキー・G、ルディ・リン、エリザベス・バンクスブライアン・クランストン

 

 

仮面ライダー大好き人間としてはスーパー戦隊ばっかりアメリカ人気が高くて羨ましい。仮面ライダーもアメリカでリメイクされたりしている(極一部で有名な仮面ライダードラゴンナイト)のだがいまいちぱっとしない。

 

ただ、今アメリカで作る意味がある映画だとは思った。雑多な人種構成の5人の若者が、銘々悩みや問題を抱えつつ自分たちの住む街のために「変身」して立ち上がる。パワーレンジャーならではのストーリーだし、今の彼の国の状況を考えるとグッとくる。

 

反面日本のスーパー戦隊を下敷きにする以上守らざるを得ない「お約束」が窮屈に感じて、最終的にはもうパワーレンジャーじゃなくてそのスピリットを受け継いだ自分たちの作品をクリエイトして欲しかったかなあなんてぼんやり思った。『パシフィック・リム』や直近で『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』を観たからというのは勿論多いにある。 

 

そしてそれ以上に120分の尺で5人の若者の紹介、出会いを描き悩みを描き修行を描き変身を描きバトルを描きロボット戦やって…をカツカツでやられて、「ツボを押さえてる」というより「ノルマの消化」のような気分になってしまったというのが否めない。だったら3人にするなり巨大ロボをやめるなりすりゃいいじゃんという本末転倒な結論に達する。これが戦隊フォーマットを下敷きにすることの窮屈さを感じた理由。

 

なんでこんな結論に達したか更に遡るならば、あの5人がどんなやつだったかいまいち思い出せないからということに尽きる。それぞれの問題と変身して街を守ることが内面的にいまいち結びついてないように感じた。だから初変身のカタルシスもほぼ感じられなくて、頭の隅で「やっぱり日本特撮の外連味が欲しいなあ」などと無い物ねだりしてしまった。ちょっと残念だなあ。