静かなる備忘。

レビューと言いつつ映画の感想と触発されて考えたことをだらだら書いています。むしろ後者がメインになりつつある。

新作映画069: 『仮面ライダー×スーパー戦隊 超スーパーヒーロー大戦』

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監督:金田治

出演:飯島寛騎、瀬戸利樹、松本享恭、松田るか、立石晴香丸山敦史、岐州匠、山崎大輝、大西利空、松本岳、松本寛也小田井涼平ダイアモンド☆ユカイ

 

 

仮面ライダーの映画は毎年春、夏、冬の年3本公開されます。今作はその中の春に当たる作品。春映画の特徴は「毎年大雑把なクロスオーバーと何のこだわりも進歩もない金田治の演出が冴え渡っている」ところ。言うなればスープがヌルくて麺が伸びたラーメン。

 

でも僕は割とこの春映画が毎年楽しみになってたりしてます。なぜかと言えば、春映画は(最大限良い言い方をすれば)マズいなりにどんなものを出してくるのかわからないサプライズ精神に富んでいるからです。夏(テレビ本編に繋がる正当なエピソード)、冬(直近の2大ライダーが共演)はある程度定型化されている節があるので、出来が良くても悪くても想定内の枠に収まることが多いです。

 

しかし、春映画は東映が持て余しているヒーローや怪人のスーツなどのインフラを活用したいという思いがあるのか、作品の垣根を超えてとにかくヒーローや怪人を総出演させることが目的となってしまっているようなところがあります。つまり、とにかくヒーローマシマシ。従って、90分程度の枠の中で独立したそれぞれの作品の世界観を繋げるためストーリーは大雑把になりがちなのです。そういうところから生じる「何でもアリ」なところは普通に見れば欠点と断定して然るべきでしょうが、どうも僕はこの毒の部分にアテられているようです。

 

例えば2015年の『仮面ライダー3号』ではdビデオ用のコンテンツである『仮面ライダー4号』へ展開を繋げるため、「当時毎週テレビ本放送で活躍していた2号ライダーを劇中でアッサリ死亡させ、彼の遺影に主人公とヒロイン(死亡した彼の姉)がコメントして映画が終わる」という事件がありました。そのシーンでちびっ子たちで半分ほど占めていた劇場が上映中とは思えないほどざわつきまくっていたのは忘れられない映画体験(?)として記憶に残っています。当時はマーケティングのためにキャラを軽視する東映のそんな姿勢に激怒していた気がするんですが、観た後の居酒屋トークは盛り上がり、今では(許したわけではないけど)まあ思い出にはなってます。

 

だから、そういう口あんぐりなサプライズを少し期待してしまってるんですよね。不健全な楽しみ方なのは重々承知なんですが、僕の中では紛れも無い事実です。

(ここまで春映画ディスしてきましたけど、『オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー』は捻くれ抜きで純粋に大好きであることはお断りしておきます。)

 

仮面ライダー1号』の時もライダー春映画に関しては少し書いたのですが、改めて所感をまとめてみました。ここから本作の感想に入ります。

 

結論から言って『超スーパーヒーロー大戦』は紛れもなくダメでした。何がダメだったかと言えば、それは「ただただダメなだけ」なところです。つまり、僕がここまでたらたらと説いてきた、春映画の名物的な魅力として認めていた「毒」の部分すらこの作品には欠落しているということです。冒頭に書いた通り、大雑把なクロスオーバーと金田治の既視感しかない演出がだらだらだらだら続くだけ。印象としてはこれに尽きる。加えてこの映画には言いたいことがいくつかある。

 

まず、音の話。

いつもテレビで見ているヒーローたちの活躍を映画館で観るとき、その贅沢さを一番感じられるポイントは音だと僕は思っている。毎週テレビで聞いている(いた)はずの変身音が、映画館の音響だとまた違って聞こえたり、普段聞こえなかった低音が聞こえてきたりした時、普段と違う環境にいることを身体で実感できる、のだ。

 

本作ではその音がなぜか異様に小さく設定されていた。今まで複数のヒーローが同時に変身する時は(あまりにワチャワチャうるさいので)小さめに抑えてある時はあったのだけど、今回は単独で変身する時も蚊の鳴くような音しか聞こえて来なかった。ここは大いに不満。

 

(ちなみに立川シネマシティのシネマ1で観たけど、こないだ『たかが世界の終わり』を観た時は「恋のマイアヒってこんな低音聞いててかっこいい曲だったんだな」って感動したので劇場のせいではないと思う。)

 

あと、音と言えば劇伴が鳴らない場面がとても多くて、鳴ったとしても何が画面から浮いてるような違和感があった。会話シーンに謎に間があったりとか、全体的に終始スカスカな感じがした。特にキャラセレクトの場面のコントはあまりにダラダラしてるし劇伴は浮きまくりだし本当に辛かった。90分しかないのに、なんなんだろう。

 

上記の事も含め、総じて編集がおかしいと思う。終盤は3つの話が並行している状態になるんだけど、良いところでコロコロ話をシフトさせるので非常に気が散った。

 

ドラマパートの話。

飛彩というパーフェクトドクターをメインに据えて、過去の自分のミスと向かい合わせ克服させるというドラマはいい。筋書きだけ見れば。

 

僕は「患者のコンセンサスが得られないから手術できず、そのまま患者を消滅させてしまった」のはドクターの責任じゃないじゃんと思って観ていたので、それでウジウジ問答した挙句「やっぱり俺は悪くなかったんや!」って吹っ切られても「だからそうだろ」としか思えなかった。ていうかそういう話だったと思うんだけど、書いてて自分に自信がなくなってきた。ナーガのくだりは素直によかった。とは言え「そんないいネタテレビ版でやらなくていいの!?」というノイズが無いわけではなかったけど…。

 

毎回東映特撮の映画は放送中のテレビシリーズのオープニング曲をバックに宣伝として(公開1ヶ月前ぐらいから)映画の映像を流したりするんですが、今回はそれがなかった。仮面ライダーエグゼイドは最近OP映像がなかったのでともかくとして、キュウレンジャーも公開直前でようやくそれをやった。加えて気になったのは1日の上映回数がとても少なく感じたこと。公開1週間しか経っていないのに、東映大泉撮影所のお膝下(真横にある)であるTジョイ大泉でも

 3回しかかかってない。

 

ここからは邪推でしかないのですが、今回は歴代のスーパー戦隊仮面ライダーのキャラたちを「ゲームの中のキャラ」とし、これまで以上に割り切った扱いをしていた。その代わり現行のキュウレンジャーとエグゼイド(+数人の先輩ヒーロー)をメインに据えていた。それ時代はとても良いと思う。現行キャラのナーガの設定をちゃんとドラマに取り入れていたのは評価したい。

 

が、それ故にテレビシリーズと並行して撮影する兼ね合いで撮影スケジュールがこれまで以上にカツカツで編集の時間があまり取れず、宣伝にも労力をかけなかった(られなかった)…のかもしれない。

 

でも(勝手にそんな邪推しておいてなんですが)そんなこと僕らには関係ないのでちゃんとやって下さいよと本当に言いたくなった。ちょっと今までにはない悲しさがある。エグゼイドもキュウレンジャーも本放送が最高に面白いだけに余計に。

 

あとユカイが酷かった。