新作映画070: 『キングコング 髑髏島の巨神』
監督:ジョーダン・ボート=ロバーツ
出演:トム・ヒドルストン、ブリー・ラーソン、サミュエル・L・ジャクソン、ジョン・グッドマン、ジン・ティエン、ジョン・C・ライリー 他
キングコングをまたやる、そしてゴジラと戦わせると聞いたときはあまりテンションが上がったりはしなかった。年明けに今年公開予定の映画をパラパラ見て「あ、今年やるんだ…」ぐらいのリアクションを心の中で取ったレベル。
いつだかふとTLに本編からコングとスカルクローラーの取っ組み合いを23秒抜き出したPR動画が流れてきた。ぱっと見てみると
「あ、これは完全に良いわ。完全にわかってる人だわこの監督。」
と謎の上から目線とともに期待値が爆上がりしてしまっていた。
キングコングの宿敵スカル・クローラーとコングが衝突!『キングコング:髑髏島の巨神』本編映像
やはり手前に主人公たちが走り奥で二大巨獣が睨み合う最後のカットが好み。重量感、実在感、飛沫の表現などどれをとっても見事。中でも特に気が利いてるなあと思うのは、岩をぶつけて顔を上げたコングが画面手前の人間たちが逃げているのをしっかり目視確認しているとこ。これ!この仕草からコングには意思や知性が備わっており、他の動物とは一線を画しているということが伝わってくる!良いね〜!ってことなんですよ。
実際本編中にもそういう描写が散見されました。例えばコングが引っこ抜いた木を武器として使う際、剣を鞘から引き抜くような動作で葉っぱを削ぎ落とすところ。予告にもあった、怒ってヘリコプターに木を投げた時は葉っぱがついていましたから、わざわざ葉っぱを落とすというところには落ち着きの感情のようなものが読み取れるかもしれません。
そういう描写の積み重ねや表情の変化によってコングに親近感が湧くことは言うまでもありません。更に高橋ヨシキの「暗黒ディズニー入門」を読んでいたら丁度こんな記述がありました。
高橋ヨシキの「暗黒ディズニー入門」のこのページ後半の『キングコング』の話は『〜 髑髏島の巨神』で僕が感じたことに全く当てはまる。『シン・ゴジラ』もそうだったと思うけど、当時の人が原典に触れた時の感覚を今のやり方で映画館に蘇らせてくれることは有難いことだと思う。 pic.twitter.com/ontWZxxT12
— がど (@gadguard) 2017年3月29日
僕は不勉強なので'33年版は観ていませんが、僕は2017年の現在、髑髏島の巨神を観て'33年当時の観客と同じものを共有できたみたいです。『クリード チャンプを継ぐ男』や『シン・ゴジラ』のように今の人間にフィットした今のやり方で原典の感動を味あわせてくれることは有難い。正直今'33年版を観て「わぁ〜コングが人間みたいだぁ〜」とは思えない、それどころか僕のような無教養は「カクカクしててしょぼい…なんで当時の人はこの猿に一喜一憂してたんだ…」とまで思ってしまうかもしれません。実際往年の名作と言われるものは今見るとガッカリなんてのも(個人的には)少なくありませんでしたから尚更そう思います。
そんな僕らのヒーロー状態のコングを更に中盤で改めて人間と対峙させることで僕らが肩入れしているのが人間からコングへ逆転してしまっていることに気付かされるのが恐ろしいところ。「ゴジラより怖いのは、私たち人間ね」と尾頭さんも言ってた通り「人間の方が恐ろしい」って主張はありがちっちゃありがちですが、かっこいいキメ画(爆煙をバックに睨み合うサミュLとコング)でもってハッとさせてくれるのは良い。
そういうモンスターヒューマンサミュLがああなってしまったのにもベトナム戦争に敗北し仲間を大勢失った直後という理由がしっかりある。尚且つ髑髏島という未開の地に説得力を持たせるのにもランドサットが開発された直後という時代背景がジャストフィットしてる。宇多丸も言ってたしそれ以前にTwitterでもよく見るけど、この辺の設定が話に説得力を持たせてるのが偉い。更に「コングが成長期」というエクスキューズを入れることで(おそらく)約40年後に控えるゴジラ戦での大きさのギャップの問題も解決してしまうというね。スキがない。
全体的に特に文句ナシの秀作だなあと。敢えて言うなら一応主人公のトム・ヒドルストンがガスマスク無双ぐらいしかしてないっていうのがね(もしかしてドロヘドロオマージュとかなのかな)。まあ主演コングだからいいや。
あとここまで読んでくれた人にお礼として教えてあげるけど、ブリー・ラーソンのおっぱいに助演女優賞あげようと思って「ブリーラーソン おっぱい」でググったらスゴいもの見れたぜ。見たら☆つけてくれよな。