新作映画レビュー043: 『葛城事件』
『葛城事件』
脚本・原案・監督:赤堀雅秋
実は『シン・ゴジラ』の前に観ていたんですがレビューが間に合わず。遅くなってしまいました。もうほぼほぼ公開も終わっているのでネタバレします。
池袋シネマ・ロサで滑り込み。泣く泣くスルー予定だったけど方々からの高評価に堪えきれなかった。
冒頭の三浦友和からほとほと嫌になる。自分のわがままをナショナリズムに還元する時点でもうちゃんと頭がおかしい人に見える。未だに日本が世界をリードするとか言っちゃってるのも最高。とにかく話が通じない、関わりたくない人感が強烈に刷り込まれる。僕は年齢層が高めの和食屋でバイトしているけど、中華料理屋のシーンは(あそこまでではないものの)面倒くさい客のこと思い出して嫌さマシマシ。
そういうのに積極的に関わる田中麗奈も同等にお狂いになられているように感じた。「あの人には私みたいな人がいないとダメなんです」って、こいつも自分の行いを正当化しながら自己を保つために外部のものをダシにしているという。美辞麗句でコーティングしてるだけこいつが一番タチ悪いかもしれない。死刑制度の是非についていまいち割り切った答えが出せない僕としては、割と納得できるようなことを言ってるだけに余計腹立たしい。
話が逸れるんですけど、この時期になると9月から放送される仮面ライダーの新作のデザインがどっかから流れてくるんですよ。昨今の仮面ライダーは毎度尖ったデザインをしてるので、必ず賛否両論ある。もう10年以上繰り返されてることなのに今更「こんなの仮面ライダーじゃない」なんて時代遅れもいいとこだろと思うのは置いといて。で、否定派の中に「子どもはこんなのじゃ喜ばない」的な物言いをする人がいて、僕はこれが大嫌いなんですよ。自分の嫌いを伝えるために子どもを盾にするのが本当に不快。上の2人にはこれと同じことを感じました。自分の意見を表明するのに人をダシにするな。
新井浩文の演じる兄はそういうのができなかったのかもしれない。一見一番まともで真面目な人がやり場のない思いを抱えながら死んでいく。一家の中で周りの顔色を伺って生きてきたから人に迷惑かけたり、嫌な思いをさせるのが苦手だったのかもね。ポイ捨てした吸い殻を拾いに戻るシーンがマジで辛い。
母と次男が出てった先のアパートで最後の晩餐の話をするシーンも僕はすっごく嫌だった。次男は最後までうな重と言い続けるのだけど、母は「らしくない」と一笑するんだっけ。ちょっとうろ覚えなんですが。取り敢えずその「らしくない」って言うのをやめろと。特にこの家族においては、神の視点で眺めている僕ですら「お前に子どもの何がわかるんだ?らしさを押し付けて自分のはめたい型にはめるなな」とイラッとしてしまいました。で、それをフォローする長男。もうこのやりとりだけで母親も嫌い。
結局溜まった膿がどう噴出するかってだけなんだよ。家父長制の権化みたいな人が膿で爆裂しないためには多少無理な形でも一国一城の主としてアイデンティティを保つしかなかった(それだけに自分の家を破壊するシーンは少し切ない)。自分の理想を子どもに投影して、できなければ視界から排除するしかなかった。排除された側が外部に向けて発散してしまったってだけ。若葉竜也の言い分に賛同はしないが、それがたまたま殺人だったという事故ってだけの話としか思えない。
散々ささくれ立ったことを言ってきたが、それぐらい(方向はともかく)心動かされた。観てよかったと思ってる。
新作映画レビュー42.5: 『シン・ゴジラ』 2回目の感想。(ネタバレ有)
総監督、脚本:庵野秀明
監督、特技監督:樋口真嗣
准監督、特技統括:尾上克郎
音楽:鷺巣詩郎
出演:長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ、高良健吾、大杉漣、柄本明、國村隼、余貴美子、市川実日子、平泉成、松尾諭、渡辺哲、中村育二、矢島健一、高橋一生、津田寛治、塚本晋也、光石研、モロ師岡、犬童一心、嶋田久作、ピエール瀧、野間口徹、三浦貴大、神尾佑、黒田大輔、古田新太、松尾スズキ、小出恵介、諏訪太郎、鶴見辰吾、柳英里紗、手塚とおる、前田敦子、浜田晃、吉田ウーロン太、橋本じゅん、藤木孝、小林隆、原一男、緒方明、片桐はいり、KREVA、入江悠、川瀬陽太、マフィア梶田、斎藤工、石垣佑磨、野村萬斎 他
私今回、本作で(個人的に)満を侍して立川シネマシティの極上爆音上映デビューして参りました。6000万のラインアレイスピーカーが導入されたことで話題になったaスタジオH列。音っていうものが空気の振動であるっていうことを身体で思い出させるような体験でした。戦車の駆動音、ゴジラの足音、ビルの崩落音でいちいち全身が小刻みに震える感覚が気持ち良い。肩こりも取れました。オススメです。
というわけで『シン・ゴジラ』2回目の感想です。ネタバレしますから観てない人は読まないで下さい。間違いなく何も知らずに観た方が面白いので。ネタバレ無し感想は下リンクから。
大意は上のネタバレ無感想の通りです。ありがとう、庵野秀明。ありがとう、日本人。もうエヴァとか気にしなくていいから。そんな感じです。最高です。とっ散らかるので語りたいことを箇条書きでつらつらやってきます。
ゴジラの咆哮
前回のエントリーで僕が予告編を見て懸念していたゴジラの鳴き声について。結果的に今回の鳴き声にはさしたる感動はなかったです。でも観てる時は気にならなかった。考えてみればそれはそのはず、第四形態が初めて鳴き声をあげるのは米軍のなんとか貫通爆弾を背中に刺された時でした。反射的に上を向いていたし、苦痛で思わず声があがってしまったという風に見えます。一方のギャレゴジさんは初登場時大見得を切ってタメにタメて自分のシマ(地球)を荒らす無法者に向かって怒りの大絶叫。
この咆哮の演出からはこの二作のゴジラに対するスタンスの違いが見てとれて面白い。本作ではあくまでゴジラの生物としての反射行動としての叫びを表現したかったのかもしれません。対してギャレゴジは、僕はゴジラシリーズをそんなに観ている訳ではないのであまりわかりませんけど、第2作『ゴジラの逆襲』以降の怪獣プロレスヒーローとしての面を推したかったのだろうと今では思ってます。話はズレますけどプロポーションもレスラーみたいにマッチョだしね。シン・ゴジラの腕が可動せず上を向いているのは究極生物故に戦う相手がおらず、捕食も必要ないから腕を使わないというのも、スタンスの違いが出ていて面白い。
んーでも、これはこのあとの苦言にも繋がるんですけど、やっぱり鳴き声は新たに作って欲しかったかなあ。
伊福部昭音楽の流用
もう人生ベスト級に好きな本作で一番好きじゃないのはぶっちゃけここ。ヤシオリ作戦の開始と同時に流れる勇ましいテーマはちょっと作品のトーンに合ってないような気もして……。あとヤシオリ作戦時の爆発音とか、前述の鳴き声とかもいちいち「あ、そこは使い回しなんだ」というメタなノイズが入ってしまう。劇中のリアリティは段々薄れていくとはいえさすがに気になった。僕は伊福部音楽にさして思い入れもないからテンションも上がらないし。というか僕は本作の鷺巣詩郎のスコアが本当に大好きなんですよ。だからかな。だからだな。そっち使ってよって思っちゃって。でもあのヤシオリ作戦の「今までゴジラに蹂躙されるだけだったビルや電車が一矢報いる!!!」展開にはあのマーチ以上はなかったのかもしれんなあ。
庵野秀明は脚本執筆時から伊福部音楽を使用することを決めていたぐらいだから、まあベストな選択だったのかもしれませんけど僕はちょっとここはノレなかった。かな。
石原さとみと演者たち
政治家や官僚を取材した結果を反映しての台詞の早口さが、テロップと合わせて情報量の多さ(これが途轍もなく気持ちいい)、長尺化の抑制、演技の均質化(=全体の雰囲気の統一感の演出=リアルさ)、中盤に出てきて一人だけめっちゃゆっくり喋る平泉成の大物感演出(個人的に『椿三十郎』のラストに出てくる城代家老の睦田さんを思い出した)など様々な恩恵を与えていた本作。樋口真嗣が監督と聞いて絶望していたけど、その辺は庵野秀明の尽力があったらしく役者陣は皆良かった。特に長谷川博己は『ラブ&ピース』『進撃の巨人』を続けて観てたせいで本当にダメな人だと思っていたので驚いた。すみませんでした。
個人的MVPは高橋一生。IQ高すぎて我々パンピーと会話できなそうな感じが目線の動かし方とかで表現できてて、でも立川に再集合した時の表情とか…!!!塚本晋也と市川実日子も大好き。ドラマ及び映画『SP 警視庁警備部警護課第四係』の面子(松尾諭、野間口徹、神尾佑)が活躍しててとても嬉しかった。特に「できるデブ」として美味しい役回りだった与党幹事長候補の松尾諭。「SPでは真木よう子に引っぱたかれるだけのデブだったのに」と感動を禁じ得なかった。電話口で民間企業に頭をさげる吉田ウーロン太も好き。防災担当特命担当大臣のくせに「想定外」って4回言う中村育二もいかにもって感じが出てた。総務大臣を演じる浜田晃さんは本当に政治家みたいなルックと喋り方だった。國村隼の「仕事ですから」は多分1秒にも満たないが今年ベストカット。
「大統領が決めるわ」というのは石原さとみ演じるカヨコの台詞だけど、日本政府では大杉漣が柄本明以下大臣たちに決断を迫られまくってて、トップダウンとボトムアップが対照的で面白かった。柄本明官房長官と大杉漣総理大臣の普段の公務の様子が見てみたい。
メインストリームから自主映画、小規模映画でよく見る人たち(黒田大輔、川瀬陽太)までが揃っていて、キャスティングにおいても日本の総力戦の様相を呈していたのが良かった。あと、エンドロールの協力している企業や人の多さもそんな感じが出てて感動した。
石原さとみの話するの忘れてた。結果として僕はギリギリセーフ…かなと思っている。まず彼女の登場のタイミングの話をしたい。初登場は巨災対が設置された直後。巨災対が設置されてからは例のエヴァのBGMや伊福部音楽も相まって少しずつフィクション度が上がっていくイメージだったので、ここに本作でゴジラの次にフィクショナルな存在である彼女が登場するのはあり。第一形態発見~第三形態退場までの「現実にゴジラが現れたら」のシミュレーションパートで出てきてたらぶち壊しどころではない。
ただ、被爆三世(ですよね?)がアメリカ人とのハーフで大統領特使やってて、日本にまた原爆落ちるのを阻止するために大統領出世コース捨てるってだけ書いたら結構熱いキャラ設定な気はするんだけど、そこはあんまり伝わってこなかった気はするかも…。ヤシオリ作戦で彼女がどう頑張ったかぐらいは描いて良かったかもしれない。よくわからなかったので。そういうのもあってあのルックの目立ちぶりに対するキャラの薄さは一概に石原さとみの演技のせいとは言えないのではないかなあと思う。
進撃があまりに酷すぎた(=朴璐美演じるアニメ版ハンジのモノマネに終始していた)というのもあって演技自体はあまり責める気にはならない。良くはなかったけど、日本人キャラの中に一人だけ放り込まれたにしては頑張ったんじゃないですかね。責める気にはならん。
形態変化の衝撃
前回、初鑑賞前に「ここまでネタバレになるような情報を漏らさずいてくれてありがとう」的なことを書いたけど、蒲田に上陸した第二形態を知らずに観られたのは本当に良かったと思っている。ありがとう東宝。ちなみにTwitterの一部で第二形態が「蒲田くん」、第三形態が「品川くん」と呼ばれていて個人的にツボだったので僕もこれに倣う。
初見時は上陸寸前の幅の狭い川をボートを押し流しながら潜行しているような感じだったのを見て「え?これ尻尾の先?ゴジラさんなんで内陸に向かってバックしてるの??」ととても混乱した。予告1で使われた「Persection of the Masses」に合わせて蒲田くんが初めて全貌を表した時は脳みそが混乱してついて行けなかった。
01. Persecution of the Masses - Shin Godzilla OST.
大破壊を目から受け入れると同時に「この怪獣はアンギラス?アンギラス的な噛ませ怪獣??それともゴジラの息子的な??」と必死に考えを巡らせていた。ここから品川くんが退場するまではファーストカットの途中(開始10秒ぐらい)から、あまりの展開の速さと描写の迫真ぶりに物理的な意味で開いた口が塞がらなかった。同時に上の劇伴と状況のシンクロがすごすぎて本当に泣きそうになった。このシークエンス観たさに3回目も検討している。
どっかの評論か感想で読んだことを流用させてもらうなら、この形態変化のアイディアは2016年の僕らに1954年、日本人が大戸島の山越しにゴジラに初めて遭遇したあの日の感覚を味あわせるために採用したのかもしれない。全くその通りだと思う。初代ゴジラに敬意を払いつつ、当時の体験を蘇らせる脱構築の手腕に脱帽です。本当に驚いたもん。
ヤシオリ作戦
初見時の印象は、地味。加えて「ちょっとムリがあるのでは…」とまで思った。
皆大好き無人在来線爆弾やビルの逆襲でも自衛隊の攻撃で無傷だったゴジラが倒れるか、とか、そんなに都合よく口開けてくれるかなとか、前述の伊福部マーチが足を引っ張って(往年のファンの皆さんすみません)あまりアガらなかった。正直。
ただ、劇中で「歯並びが悪いところに言及している(エクスキューズがある)し、充電中のところを無理やり叩き起こした上に無人爆撃機でエネルギーを消耗させていることを考えると、2回目はそういう都合の良さは気にならなくなった。
で、ゴジラを撃退も殺傷もせず東京のど真ん中で凍らせて、これからも付き合っていくしかないっていうのは、明らかに現実の日本における地震のことを示唆している。排除でなく共存、というのも日本らしいと言えばそうなのかもしれない。科学技術館の手すりによっかかる長谷川博己と背景の凍結されたゴジラの構図がハマってて良い。
ラストシーンに関してはまあ群体としての進化が目前だったという風に見るのが妥当だと思う。ただ初見時は放射能や地震で亡くなった人間を表しているのかなあなどと考えてた。
「シン」の意味
タイトルのシンの意味は。神、新、罪、真あたりはまあよく言われてるので省略。漢字辞典で「しん」をバーっと見て目に付いたのは「呻」。訓読みは「うめく」。初めての鳴き声が呻きに近いものだったのを考えるとしっくりくる。地震のことを踏まえているという意味では「震」も勿論当たるだろうし。あと「請」とか?官僚や政治家たちが民間企業や外国の人に協力を請う姿が印象的だった。力を尽くすの「尽」でもいい。ゴジラも日本も前に進むし上に伸びるし、「進」でも「伸」でもいいや。日本人がチームとしてゴジラに当たる様に感動した身として一番しっくり来たのは「請」かも。
僕からはこんな感じです。シリーズ動員が1億人突破したり、初日2日目の興行収入がギャレゴジ上回ったとか、ランキング1位とったとか嬉しいニュースは続いてますね。公開から1週間経って否定的な意見も少しずつ目立つようになってきてて、感想を読む楽しみも益々増してきました。
まだまだ多くの人(というか日本人)に届くといいなあ届くと思っています。では。
新作映画レビュー042: 『シン・ゴジラ』 鑑賞前の所感と1回目の感想。(ネタバレ無)
総監督、脚本:庵野秀明
准監督、特技統括:尾上克郎
音楽:鷺巣詩郎
出演:長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ、高良健吾、大杉漣、國村隼、片桐はいり、斎藤工、光石研、川瀬陽太、マフィア梶田、柄本明、モロ師岡、犬童一心、KREVA、嶋田久作、ピエール瀧、野間口徹、三浦貴大、松尾諭、入江悠、塚本晋也、神尾佑、黒田大輔、津田寛治、古田新太、松尾スズキ、小出恵介、諏訪太郎、鶴見辰吾、平泉成、柳英里紗、余貴美子、渡辺哲、手塚とおる、市川実日子、前田敦子、中村育二、矢島健一、高橋一生、浜田晃、吉田ウーロン太、橋本じゅん、藤木孝、小林隆、原一男、緒方明、石垣佑磨、野村萬斎 他
しばらく鑑賞前の所感です。
『シン・ゴジラ』というタイトルが好きだ。新、真、神、罪(sin)、心、進、伸、震、辛…タイトルから既に解釈の余地がある。あと単純に響きが好き。声に出して読みたい日本語。
ギャレス・エドワーズ監督の『GODZILLA ゴジラ』(通称ギャレゴジ)のヒットを受け、12年ぶりに国産ゴジラ映画が制作されるということが'14年12月8日に報じられた。その総監督を庵野秀明、監督を樋口真嗣が務めることが明かされたのが'15年4月1日だったらしい。主要キャストと正式タイトルが発表されたたのが同年9月23日。特報が12月9日、第一弾予告が'16年4月13日、新たな予告とCMが'16年7月。とにかく待った。待ちまくった。最後まで限られた情報しか明かさず、事前の楽しみを取っておいてくれたことに感謝。もしかしたら今が一番楽しいかもね。
なぜこんなに楽しみだったか。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』と同時上映された、庵野&樋口タッグによる『巨神兵東京に現る』が最高だったからに尽きる。こんなすごい映像にCGを一切使っていないなんて絶対嘘だと思った。不安を煽るような林原めぐみの語りもツボだった。エヴァQがあんなんだったという結果論もかもしれないが、「こっちを2時間観てえ」と心底思った。そしたらその2人がまた特撮やるって。しかもゴジラ。初めて聞いた時は上がった。
この5ヶ月は毎日のように第一弾予告を舐め回すように見返したり聴いたりしていた。手持ちカメラで逃げる群衆を撮影した特報を見た時は不安しか感じなかったけど、とにかくこの予告には巨神兵をゴジラでやってくれるんじゃないかと期待させるものがあった。荘厳で終末感漂う鷺巣詩郎の曲がまさにドンピシャだったのは言うまでもなく。
樋口真嗣監督の前作『進撃の巨人』二部作は前編の特撮パート以外は核爆弾級の酷さだったのを差し引いても、とにかくこの『シン・ゴジラ』が応援したい一本なことに変わりは無い。「エヴァ作れ」とか「進撃が〜」とかそういうネガキャンが多くて腹立たしかったというのもあるっちゃある。正直エヴァQと巨神兵並べて観て早くエヴァ作れって言う人の意味がよくわからん。断然特撮やってくれと思った。ちなみにエヴァは新劇場版は観ててこの3週間ぐらいでテレビ版と旧劇場版観ただけ。
怪獣映画の平場(怪獣が登場しないシーン)問題が(勝手に)ある。元来特撮の平場なんて怪獣のルーツや能力の解説パートとしか思っていないので期待してない。そんな観てるわけじゃないけど。正直個人的に『進撃の巨人』のワースト2である石原さとみと長谷川博己がメインという時点で尚更諦めている。んだけど、今回は政府の人間を中心とした群像劇的な要素もありそうなので若干期待が持てるかもしれない…。もしかしたら328名の人海戦術はドラマよりウォーリーを探せ的な楽しみ方をしてくださいということなのか。
僕が一番懸念しているのはゴジラの鳴き声。 ギャレゴジの大好きなのは、ゴジラの咆哮が大気遠いところまで響き渡っている感じがするところなのだけど、本作は予告を見る限り昭和ゴジラの鳴き声を張り付けただけのような感じがした。いやまさか本編でこのままってことは無いと思うけど。ギャレゴジは未だに今までで一番IMAXで観て良かったと思ってる作品でもある。それを更新してくれることを期待している。
庵野氏は一回きりの挑戦と言っているけれど、「早くエヴァ作れ」から「ずっとゴジラ作っててくれ」って言われるようになったらいいね。まあ今はエヴァ作れる感じになっているみたいだけども。
ここまでが鑑賞1時間前までの所感。最高で最悪の悪夢、見せてくれ〜。
ここから後は鑑賞後の感想。
7月29日、TOHOシネマズ新宿にてIMAXで鑑賞。
「ニッポン(現実)対ゴジラ(虚構)」というキャッチフレーズ以上にこの映画を表現できる言葉はないだろう。そのコンセプトを100%やり切っている。2016年、ポスト3.11の今の日本に現前する最高のゴジラ映画としか思えない。庵野秀明、よくやってくれた。
3.11の時記憶に残っていること。軽挙妄動な人たちによる食料の買い占め、放射能がれきの押し付け合い、最悪の人災たる福島第一原発事故。地震や二次被害の当事者じゃなかったけど、嫌なニュースを見た記憶ばっかり。その後、テレビでは絆、絆。綺麗事ばっかりで反吐が出る思いだった。僕は東京に居て実害も何も被っていないけど、3.11で何かこの国の皮が一枚剥がれてしまった様を観て、何ともやるせない気持ちになったことは覚えている。
かと言ってこの国を相対化して褒めちぎるのも(すいませんけど)気色悪いと思ってしまう。あんまりテレビは観ないけど、なんだか最近よく日本マンセーな番組をよくやっているような気がする。外人を日本に連れてきて日本の色々見せて褒めてもらって終わり、みたいな番組。自分の国を外人様に褒めて貰わなきゃ誇れないなんて何か嫌だなって。
そんな感じで、今まで日本という国に対して、何というかあまり関心が持てなかった。自分のアイデンティティの中に母国たる日本という存在が希薄だった。
でも、『シン・ゴジラ』を観て、まあ平たく言えば「俺日本人で良かったかも」って思った。それには2つ意味がある。1つ目は単純に台詞やテロップの情報量が多すぎて字幕ではとても処理しきれないだろうということ。(当たり前のことだけど)ネイティヴじゃなきゃ100%は楽しめないのではないか。特にこの映画は。後述するけどこの目と耳からの情報量の多さを余すことなく処理できることは絶対的に良い方に働いていたと思う。多分ネイティブでしか汲み取れないものが多いと思うんだよ。わかんないけど。
2つ目は登場人物たちのゴジラへの対処のスタンスが本当に日本人らしい点。これはネタバレにはならないだろうから1つだけ台詞を挙げさせてもらう。國村隼がごく当たり前のように、自分のやったことへのお礼に対して「仕事ですから」と呟くように言うシーンがある。多分この台詞が決定的に、この作品の人々のゴジラに対する姿勢なんだと思う。
予告の通り平場は政府やそこに協力する人間たちの群像劇だ。そこでは現場の人間一人一人が自分の仕事を持てる力を使って、誠実に、責任感を持ってやり遂げようとする様がひたすら描かれる。その多くの人の地道な努力の積み重ねが、シリーズでも間違いなく最大級の絶望感を以て描かれるゴジラをも乗り越えられるかもしれないという希望に繋がっていく様には、えも言われぬ嬉しさがあった。328人のキャストには、そういう「集団として動く日本人」を描くという意味がちゃんとあるように感じた。劇中(特に序盤)多用されるある演出も同じことを描きたかったからやってるんだと思う。どんなにテクノロジーが発達しても、どんなに絶望的な状況でも、土台になるのがマンパワーなことに(少なくともまだしばらくは)変わりはないのだろう。
そして、そうやって人知れず頑張る人々の努力のおかげで僕は3.11の後も生きられているんだって思えた。いくら壊されてもまた立ち上がれる気がした。「日本の大人って働いてばっかで気持ち悪!」ぐらいに思っていたけど、危機的状況になるとめっちゃ映える。皆かっこよかった。序盤の高良健吾が(予告にもある)笑顔で言うセリフとかちょっとウルッときたぐらい。
甘すぎる観方かもしれないけど、特に後半部、少なくとも僕には庵野秀明が3.11を通して観た日本を投影しているように思えた。そのおかげで嫌な思いしかなかったあの震災の記憶と日本人のことが少し好きになれた。別に政治的なことなどは一切関係なく、日本人の良いところを見せてくれてありがとうってだけなんですよ。
後半部と書いたけど、前半部の「もし現実の日本にゴジラ(不明巨大生物)が現れたら」というシミュレーションパートはどうだったか。個人的にここが抜群に面白かったのが本作で一番偉いと思うポイント。懸念していた平場を驚くほどに魅力的に、テンポよく見せてくれたのが僕の中の勝因として大きい。とにかく早口の台詞を矢継ぎ早にぶち込まれて、「困惑しつつも状況の中に放り込まれる」感じ、あまり安売りするもんじゃないと思いつつも『マッドマックス 怒りのデスロード』を連想した。
あとすいません、長谷川博己さんめっちゃ良かったです。石原さとみさんについては後編へ保留。
取り急ぎですかこんなもので。展開やゴジラの具体的なところや言いたいこと、タイトルの意味などはネタバレ込みで後編に回すことにします。
とにかく日本人は劇場で観るべし、ですよ。
新作映画レビュー041: 『日本で一番悪い奴ら』
『日本で一番悪い奴ら』
監督:白石和彌
脚本:池上純哉
出演:綾野剛、YOUNG DAIS、植野行雄、矢吹春奈、ピエール瀧、青木崇高、木下隆行、中村獅童 他
また公序良俗に反した邦画が大きい規模で上映されてる!!楽しい!!
アバンタイトルが素晴らしい。特に国歌斉唱のテンションが滅茶苦茶に高いところは普通に笑ってしまったんだけど、観た後に思えばその後のしばらくのテンションを象徴しているようで趣深い。最後の方最早声出てないところとかさ。
続く青木崇高にケツを叩かれながら犯人を追いあと一歩のところでピエール瀧に横取りされるシーン、取り逃がしたのを綾野剛に当たる青木崇高をピエール瀧が先輩らしく諌めるシーン、キャバクラなどデフォルメされたキャラが立ちまくっているシーンが続いてもう楽しいのなんの。カメラフィックスの早送りで課の1日を観察するシーンとかもう10分ぐらいやってていいよって気になった。
一番笑ったのは中村獅童と初遭遇するくだり。「はいこんちは〜」、こぼれるお茶、サプリバカ食い、世界一痰を溜めて吐いたシーンとしてギネスブックに載りそうなあれ。『アウトレイジ ビヨンド』のたけしと西田敏行の啖呵バトルぐらい好きだぞバカヤロウ。綾野剛は個人的には晩年の演技が一番シビれた。がに股で、シワとヒゲと白髪だらけでヨレヨレのシャツと短パンにサンダルの綾野剛。
敢えて言うならドラッグ描写は物足りなかった。初めてキメた後の顔芸はすごかったけど物足りない。晩年の軽トラの中のシーンが禁断症状(?)を表していると宇多丸の評を聞いた時は膝を打ったけど…でも覆すまではいかなかった。
「朱に交われば赤くなる」とはよく言ったものです。集団に入れば当初の志と関係なく、パーソナリティまで染まってしまうものなのか。柔道しか能のなかった自分を拾ってくれた北海道警に恩を返したいという純粋な動機がエスカレートしてしまった結果というのがまた悲しい。実話というのがまた悲しい。あんなに笑ったのに、振り返ると悲しい話に思えてくる。
2016年上半期ベスト10の話。
今更ですがマイ上半期ベスト10発表~。1/1~6/31までに映画館で観た今年公開の映画39本から。
上半期べストといえば、放談主義のけんす。さんがTwitterのハッシュタグなどから映画ファンが発信した680本の2016上半期のランキングを集計した記事がお勧め。母数が多いので民意を反映した結果になっているのではないでしょうか。
それでは10位から↓
10.クリーピー 偽りの隣人
個人的初黒沢清作品がインパクト抜群な後味の悪さで悩んだ末の10位入り。
更に狂っていたのは隣人だけじゃなかったと鑑賞後他の人の意見で知った時に来たゾゾ感。ああぁ。
9.エクス・マキナ
あり得なくない話とギリギリあり得なそうなエヴァのビジュアルが不思議なバランス。観終わったあとボケーッと色々考えたのも楽しかったなあ。
8.FAKE
わざわざ渋谷に出向いたかいのあった価値ある一本。単純にネタ的な面白さもありつつ、色々勘ぐれちゃうドキュメンタリー映画の楽しさも教えてくれた。
あと記事に張り忘れたけどこのインタビューの場外乱闘ぶりも傑作。
文句も言ったけどやっぱりタクシー転倒までは上半期のベストシークエンス。
最高に楽しんだ。
6.太陽
現代日本の山奥のロケーションでも秀逸な舞台設定とスタッフキャストの血の滲む努力と創意工夫があれば立派なSFが撮れることを証明した。
日本の映画界に本作のラストシーンのような希望を見た。
いやぁ、ヒーローバトルって本当に、いいものですねぇ。
おかげでMCUにハマってしまった。ブラックパンサーはよ。
4.イット・フォローズ
程よく怖くて最高に面白い、ホラー映画弱者の僕にぴったりフィット。
ブルーレイも買っちゃった。
3.ちはやふる 上の句
悔いを残し過去の自分がスクリーンで輝きまくっていた。
失明するかと思うぐらい泣いた。編集と構成の妙。
2.海よりもまだ深く
笑いながらあっという間に観れてしまうのに一週間ぐらい尾を引くテイクアウトぶり。
ロケ地巡りも楽しかった。
1.ヒメアノ~ル
森田剛がV6で楽しそうに歌っているのを見て嬉しくなるあたりすっかりファンである。ちなみに森田剛ファンの方が超拡散してくれたので投稿した日のアクセス数が普段の30倍ぐらいになっていた。その節はありがとうございました。
公開から2か月経ったのにテアトル新宿にムーブオーバーするとか良い意味でわけわからないことになっている。未見の方は是非。
次点.ディストラクション・ベイビーズ、リップヴァンウィンクルの花嫁
因みに:(自選)上半期ベスト記事
本読んで要約したり、レポート書いてるみたいだったエントリー。
直接「面白かった」と言ってくれた人が多くて泣いた。
因みに:(自選)上半期ベスト迷記事
公開当時Twitterのタイムラインで普段あまり映画について言及しない人も褒めてたりしたので正面から「ハマらなかった」とは言いづらかったこと、朝が早かった日で割とガッツリ寝てしまったことなどが影響し、全エントリーの中でも屈指の短さと意味不明さを誇る怪文書。北京ダックってなんだよ。
因みに:上半期ワースト
映画館でコメディー観るのは楽しいけどハマらないとこんなにアウェー感出るのかという衝撃。パディントンもそうだったけど、本作は更に上を行ってきた。山田洋次!!
下半期も良い映画と出会えるといいな~。
読んでくださってる皆さん、お暇があれば引き続きよろしくお願いします。
新作映画レビュー040: 『セトウツミ』と無駄話は青春のトレードマーク説
監督、脚色:大森立嗣
脚色、構成:宮崎大
出演:池松壮亮、菅田将暉、中条あやみ、鈴木卓爾、成田瑛基、宇野祥平 他
もうそろそろ上映回数減って来てるんですけど、観に行けない人は公式の特報だけでも面白いんで観てください。延々こんなことをやってる映画です。しかもこれ撮りおろしなので映画観た人にもオススメです。
お久しぶりです。最近新作が観れておりません。ややあって小津安二郎の映画を観まく(るという苦行をや)ってるからです。小津映画はマジで3ヶ月に一本ぐらいが丁度いいなと思いながら今月15本ぐらい観ました。今月中にあと20本観なくてはいけません。後回しにしてきたのが悪いんだけどさ。頑張れ俺。終わったらシンゴジラだ。
そんな感じで下半期の出遅れ具合が酷いことになってるんですが、一発目は前から楽しみにしてた本作に決めてました。新作も池松壮亮と菅田将暉が喋るだけの映画なんて面白いに決まってるだろうと初報から楽しみに待っておりました。
結果としては満足。いやでも正確には腹七分ぐらい。食い足りない気持ちもあるけどそれは多分尺のせい。というか「もっとあの2人と一緒にいたいよ!!」と思わせる、けど一応の満足感はある丁度良い尺だったんじゃないかな75分って。
これまた七割ぐらい埋まった劇場からは終始笑いが起きてて嬉しかった。嬉しかったと言うのは、若い人が多かったからなんですけど。劇場で声をあげて笑うのって大概場慣れした高齢の人が多くて(名画座のシニアなお客達とかむしろ何故そこで笑うんだってぐらい笑う)、若い人は割と硬いイメージがあったので。皆笑ってれば笑いやすい空気ができるし、そういう空気に包まれながら観てると「映画館で観て良かったな」と思ってくれるだろうから、そこが嬉しかった。
ところでこないだの「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」が狩野英孝七変化って企画だったんですよ。狩野英孝がガキ使の打ち合わせの現場(という体の場所)で7回ネタやるっていう。案の定最初の2回はダダスベりしてて、誰も笑わない。テレビの前の僕まで変な脇汗出てきちゃって。エアコンつけてるのに。
映画館でも同じようなことがあって、笑える映画のはずなのに誰も笑ってないと「(あれ…?ウケてない…)」と謎の危機感が生まれて上手く楽しめなかったり。そういう人いないかな。もしかしたらいるかもしれないので僕は面白いと思ったらなるべく笑うようにしてます。笑うようにしてますって変なんだけど、「僕は面白いと思ってますよ」というのが周りに伝わるとそれで笑いやすくなる人がいるかなって。さっきの七変化でもお誕生日席で怖い顔して狩野の芸を見てるハマちゃんが笑うと皆(多分安心してっていうのもあって)笑うって場面があったんですよ。そういう感じ。
(因みに同じ列で観てた老夫婦が終始くっちゃべってて「帰れ」って思ってたら途中で帰りました。なんだったんだ。)
いきなり脇道に逸れたというか、作品の感想とは違うことになってしまいました。僕は前述の通り主演の2人が大好き。2人について語る前に、そもそもこの漫画を実写映画でやるってなると、興行的に成り立たせるためにも内容の質を担保するにもベストキャスティングだと思う。人も集まるし、会話だけで間を持たせることができる。アップにも耐えうる顔だしね。ただ池松は高校生にしては髯の剃り跡が濃かったね。あとこの作品で2人の距離が急接近したっていうのが嬉しい。
菅田くんはデビュー作「仮面ライダーW」の第1話からの付き合い。付き合いとか言うと勘違いファンみたいな感じ出ちゃうけど、1年間リアルタイムで毎週観てたので情が湧くというか。特に菅田くんの場合最初は(当たり前ですが)今からは想像できないぐらい演技がたどたどしかったので、成長を見守ってきたという意味では余計に距離感が掴めないというか。好きとかファンとかとは少し違う親しみがあった。でもやっぱり彼を1人の役者として好きになったのは『そこのみにて光輝く』でしょう。『共喰い』とかで活躍を耳にしてはいたんですけど、実際ちゃんと映画で演技を見て成長に驚愕しました。Wの1年も相当だったけどそれ以上に経験を積んでやがる……と。
今回彼の演じた瀬戸くんは若干そこのみにて〜の拓児を彷彿させる人懐っこさとハイテンションさが微笑ましい。(うっすら貧困と辛目な家庭環境の香りが漂ってるところも。)「このポテト長ない?」とかそういう日常のどうでもいいことに気付ける感性って大事にしたいよ。そんなしょーーーもないことを話せる友達がいるってのも彼にとっては嬉しくて仕方ないのだろう。多分サッカー部のやつらにそんなこと言っても「で?」って言われるだけだもんな(偏見)。高校のサッカー部って大体嫌な奴だし(偏見)。
池松はまあまあ良かった。
というのはあれですけど。池松壮亮くんのことはなるべく嫉妬を込めて池松と呼ぶようにしています。なぜなら『紙の月』で宮沢りえとイチャコラするか様が羨ましいからです。更に腹がたつのは演技が非常に達者なこと。ヒモ男が板につき過ぎている。かと思えば『海よりもまだ深く』で良い感じの後輩とかもやっちゃってさあ!なんだよ!最高!『私たちのハァハァ』も良い役だったね。
そんな達者なあいつが演じる内海くんは思春期にありがちな「周り皆バカ病」の患者さん。まあそういうのあるよね。塾まで暇と言いつつ塾行って自習したりしないのは彼なりに抵抗があったからなのだろう。なんかワスプマザーというかネグレクト気味なのかな。そこで瀬戸みたいのに会えたらそりゃサボりたくもなるわ。例えツッコミの例えの部分がやたら凝ってるのとかちょっと昔ありがちだったので恥ずかしくなった。それがやった相手に理解されてないのは幸か不幸か。内海くんは瀬戸と話してる時のナチュラルツッコミの方が面白いよ。
無駄話って青春だと思う。例えば前述の小津映画は登場人物の大半が20代後半から60代。たまに子どもも出てくるけど清涼剤程度というか、話には絡まないことが多い。とにかく結婚の話、仕事の話、生活の話、昔話、近況の話、人生の話…など無駄な話がない。「この線香長ない?」とかないから。そういうのばっかりだったからすごく癒された。観るタイミングがとても良かった。
ていうか最近観た青春映画『スタンド・バイ・ミー』や『リンダリンダリンダ』にはやっぱり無駄話シーンがあるんだよ。ちゃんと。日常の些末なところに気付ける感性や口にするのもアホらしいと思わない純粋さと、そういうのを口に出しても受け入れてくれるウマの合う友人の存在が無駄話という豊かな時間が生むのかもしれない。何より親に庇護されてるところからくる余裕と不自由さあってのものなのだから、やっぱり若さのトレードマークかもしれない。無駄話。
あと宇野祥平さんが出てるとわかった瞬間笑っちゃったよ。
脇役繋がりであ、ヒロインにはすごい言いたいことがあるよ(ここ来て微ネタバレ)。
イケてる(ように見える)彼女作らない(作れない)男にすぐゲイ疑惑かけるタイプの女!!挙句暴力に走るタイプの女!!あれは酷い。顔が良くても内海くんが関わりたくない気持ちがすごくわかった。内海くんには女を見る目がある。寺生まれでその道徳観の低さはヤバいよ。仏教の評判落とすよ。あと最後はなんか良い事いってシメてんじゃねえよ!!瀬戸と内海の世界に早く戻りたいと思わせてくれたという意味では評価したい。瀬戸と内海最高!!!
新作映画レビュー039: 『クリーピー 偽りの隣人』
監督:黒沢清
creepy【形容動詞】「ぞっとするさま。ぞくぞくするさま。」
揺れるカーテン、風に吹かれる植物、画面の奥で蠢く学生たち。画面が常にざわざわしてました。画面に自分の心がシンクロするかのように、僕はそわそわそわそわしていました。一瞬も落ち着けない。登場人物に感じる微妙な違和感もそれを助長していたのだと思います。絶対的に「おかしい」とは思えないレベルの絶妙なズレ。例えば引越しの挨拶でそれを持っていくのかとか、夏にそれ放置したらダメなのでは…とか。なんだろう、「ん…?」って引っかかるものはあるんだけど、何シーンかすると忘れちゃうレベルの微細なフックが散りばめられているというか。
ていうのも僕は上に貼った予告編に騙されて観てたんですよ。騙されたと言ったら被害者面で聞こえは良いけど、予告編で「こういう映画です」と提示されたのを鵜呑みにしたまま、その枠に当てはめて映画を観てしまっていた。つまり、「普通で幸せな夫婦vs奇怪な隣人」というフォーマットの話だと思い込んでいたんですけど。全くそんな浅い図式の作品ではなかったんですね。もう猛省しております。
このことに気付けたのはネットや各種媒体で他の人の観方を色々見たからなんですけど。特に僕モテメルマガの大川編集長の指摘の数々はゾゾゾのゾでした。「このシーンや台詞はこういうことだったのか」と発見や気付きがあって、やっぱり色んな人の観方を摂取するのは楽しいなと改めて思いました。過去最大級に他の人の批評や感想に影響された映画かも知れない。やっぱ映画を映画館の中だけで消費するのはやっぱ勿体無いよ。勧めてくれた友人と話したのも楽しかった。香川照之の「いいと思います」のモノマネとかしてさ。
観てるときの純粋な感想に戻ると、観る前尺を確認せずに観に行ったんですけど、僕の体感上映時間は3時間30分ぐらいでした。劇場を出て携帯を観て、2時間ちょいしか経ってなくて愕然としたのが忘れられません。とにかく長く感じた。いつ終わるんだどころか早く終わってくれとすら思っている自分がいました。「まだまだ行くぞ~」じゃねえよ!!みたいな。もう本当に観た後は良い意味で最悪でした。「最悪ゥー!!!」みたいな。突き抜けた後味の悪さって良い。
(ちなみにびっくりするシーンでいちいち大きいリアクションをとっていた隣のババアがエンドロールに入った瞬間「え、これで終わり…!?」、ロール後に「(連れのおばちゃんに)つまんなかったわねえ」って言ったのは悪い意味で最悪でした。やっぱ映画の日に映画とか観に行くもんじゃねえな!)
『CURE』も観てみたんですけど、これもものすごかった。僕はむしろCUREの方が好きかも。やっぱり黒沢監督は何の変哲もない景色を恐ろしいものに変える力がすごい。これが演出力ってやつなんでしょうけど。クリーピーが照明で画面を支配しているとしたら、CUREは完全に音の映画。環境音ですら怖い。洗濯機の音が怖い。萩原聖人が怖い!!!役所広司が(略
『CURE』に出会えたことなど、色々込み込みで観て良かったなあと思います。